本文書体は、見分けようとすると急に難しくなります。表紙の題字や広告の見出しと違い、本文は小さく組まれ、何ページも意識せず読めることが役目だからです。さらに、紙の色、インクのにじみ、印刷方式によっても輪郭は変わります。それでも、一文字の印象ではなく、同じ特徴が複数の文字に繰り返し現れるかを確かめれば、候補は少しずつ絞れます。
ここでは、macOSに搭載されている游明朝体 Mediumとヒラギノ明朝 ProN W3を同じ大きさで描画し、本文明朝を見るための基準にします。この2つはウエイト(太さ)の刻みがそろっておらず、図では游明朝体のほうがわずかに太く出ています。線の太さそのものではなく、点やハネやウロコの「形」を見比べてください。図は書体名を当てる早見表ではなく、観察する場所を覚えるためのものです。本を開いたら、まず「の・あ・心・永・文・三・機」を探し、ルーペかスマートフォンの拡大撮影で見比べてみてください。
仮名の字面確度A

最初に見るのは、漢字よりも、文章の大半を占める仮名です。字游工房の開発ノートは、游明朝体の仮名を「小さめ」と説明しています。同じ級数で組んだ図でも、游明朝体の「あ」「の」は周囲に余白を残し、ヒラギノ明朝は正方形の枠を比較的大きく使って見えます。
実物の本では、「あ」一字だけで決めず、「の」「に」「て」など単純な仮名を一行の中で探します。漢字に対して仮名が一段小さく、行にゆったりしたリズムがあれば、游明朝体の手がかりになります。ただし、仮名だけを別書体へ差し替える「かな書体」もあるため、漢字の特徴との照合が必要です。
点の長さと角度確度A

「心」「然」「忘」など、点が離れて並ぶ文字を探します。字游工房の比較では、ヒラギノ明朝は点が長く、游明朝体は点が短いうえ、角度が筆の流れに沿って自然に見えると説明されています。小さな本文では輪郭そのものより、点が作る白い間隔に注目すると差を拾いやすくなります。
スマートフォンで撮るときは、ページに対してレンズを平行にし、画面上で4〜8倍ほどに拡大します。斜めから撮ると点の長さも角度も変わって見えるので、正面から撮ることが大切です。
ハネの長さ確度A

次は「永」「水」「小」などのハネです。游明朝体はハネが小さく、先端を丸く処理しています。ヒラギノ明朝はハネが長く、先まで明快に伸びます。図の「永」では、中央の縦画から左へ返る部分と、その終端を追ってみてください。
本文が小さいと、紙へのインクの広がりで丸い先端がつぶれることがあります。一文字で判断せず、同じページの「水」「求」「承」でも、短いハネが繰り返されるかを確かめます。
ハライの曲線と先端確度A

「文」「人」「大」「春」など、左右にハライを持つ文字は輪郭をつかみやすい観察対象です。游明朝体のハライは柔らかく曲がり、先端も丸く収まります。ヒラギノ明朝は曲がりが比較的少なく、先端まで鋭い線として見えます。
ここではハライの長さだけでなく、線がどこで方向を変えるかを見ます。游明朝体らしい場合は弧を描く時間が長く、文字全体がゆっくり開くように見えます。鋭く直線的に外へ出るなら、ヒラギノ明朝寄りの特徴です。
ウロコの形と大きさ確度A

明朝体の横画の右端にある三角形を、ウロコと呼びます。「三」「言」「書」なら複数のウロコを一度に確認できます。游明朝体はウロコが控えめで、頂部が曲線的です。ヒラギノ明朝は大きく、輪郭も直線的です。
ウロコは印刷でつぶれやすいため、太さではなく、横画からどの程度張り出しているかを見ます。異なる文字でも小さな丸みが続けば游明朝体、大きな三角形が規則的に並べばヒラギノ明朝、という仮説を立てられます。
画と画の風通し確度A

「機」「様」「縁」のような画数の多い文字では、黒い線より白い空間を見ます。字游工房は、縦画と左ハライのあいだの風通しがもっともよいのは游明朝体で、パーツ同士が近づきすぎて干渉しないようにしていると説明しています。反対にヒラギノ明朝は、パーツ同士が少し干渉してでもパーツを大きく見せるように書かれている、とも述べています。
本を腕一本ほど離して眺めたとき、複雑な漢字の内部まで白が通って見えるなら、游明朝体を疑う材料になります。反対に、仮名も漢字も大きく、行に均一な黒みがあるならヒラギノ明朝寄りです。これは個々の突起よりも、本文のページ全体で確かめやすいポイントです。
墨だまり確度A
画線の交差部分に、インクがたまったような丸いふくらみが繰り返し現れる場合は、A1明朝が有力な候補です。モリサワの公式書体見本は、画線の交差部分に写植特有の墨だまりを再現したことを、A1明朝の特徴として明記しています。
ただし、紙に実際のインクがにじんだ状態も墨だまりに似て見えます。ひとつの交差部だけでなく、「書」「葉」「機」など複数の文字を観察し、同じ位置に同じ丸みが繰り返し現れるかを確かめてください。にじみは現れる位置が不規則ですが、設計された墨だまりは同じ形の交差部に同じように現れます。墨だまりは、モリサワの公式見本と手元のページを直接見比べるのが確実です。
ひとつの特徴で決めず、候補を重ねる
本文用明朝体は、基本の骨格がよく似ています。実際、字游工房も本蘭明朝・ヒラギノ明朝・游明朝体について、ベーシックな明朝体を目指すと骨格が似てくると説明しています。判別するときは、次のように三段階で候補を重ねます。
- ページ全体で、仮名の大小と漢字の密度を見る。
- 「心・永・文・三」の細部を、同じページで3文字以上見る。
- 小さなウロコ、短いハネ、広い画間など、複数の特徴が同じ候補を指すか確かめる。
游明朝体とヒラギノ明朝の二択に収まらないことも、もちろんあります。横画の打ち込みやハライに筆の動きが強く出るなら筑紫明朝や筑紫Aオールド明朝、整った現代的な本文明朝ならリュウミンも候補です。写植時代の書風がそのまま残る本文では石井明朝を、横画がやや太く、仮名に連綿の気配があれば秀英明朝も見比べてみてください。各記事の組見本を同じ文字で開き、手元のページと往復すると、印象だけで選ぶより候補を減らせます。
奥付とあとがきを見る
最後は、文字の形ではなく本そのものに尋ねます。巻末の奥付、その前後の謝辞、ブックデザイナーや装丁者のあとがきは、書体名が書かれている可能性がもっとも高い場所です。「本文書体」「使用書体」「組版」といった語を手がかりに探してみてください。ただし、書体名を記す慣習は出版社やシリーズによって差が大きく、記載がないほうが多数です。見つからなくても、本の作りに問題があるわけではありません。
記載がなくても、出版社やデザイナーの公式サイトで制作記録が公開されていることがあります。同じ書名でも刷や版によって組み直されている場合があるので、奥付の刷次と日付も合わせて控えておくと照合しやすくなります。まず字形から候補を立て、最後に奥付や一次情報で答え合わせをする。この順番なら、書店でも自宅の本棚でも、本文書体を見る目を少しずつ育てられます。