A1明朝とは
A1明朝は、モリサワのオールドスタイル明朝体です。1960年発売の写植書体「太明朝体A1」を2005年にデジタルフォント化したもので、画線の交差部分にふっくらと現れる「墨だまり」が最大の特徴です。にじんだようなやわらかい輪郭が独特の情緒を生み、広告やパッケージ、書籍の見出しなど、感情に触れる場面の定番書体になっています。
誕生の背景
A1明朝のルーツは、DTP以前の日本の印刷を支えた写真植字(文字盤に並んだ文字をレンズで印画紙に焼き付ける組版技術。以下、写植)の時代にあります。モリサワ公式noteの解説記事によれば、前身となる写植書体「太明朝体A1」は1960年に発売され、写植書体として長く愛されてきました。
その太明朝体A1を復刻し、2005年にデジタルフォントとして生まれ変わらせたのがA1明朝です。リリース当時の正式名は「A-OTF A1明朝 Std」。ウエイトはひとつだけで、その表記は「Bold」でした。デジタル化にあたっては、かなをひと回り大きくして潰れそうな箇所を改善し、偏と旁のバランスが極端な漢字を修正するなど、写植時代に利用者から寄せられていた声をもとに手が加えられています。
長らく単一ウエイトのまま提供されてきましたが、2023年10月、「A1明朝(AP版)」として従来の太さを「R」とし、新たに「M」「B」を加えた3ウエイトに拡張されました。欧文も、16世紀のフランスにルーツをもつローマン体に着想を得たクラシカルなデザインに一新されています。ファミリー化の構想自体は2005年のデジタル化の時点からあったといいますから、18年ごしの実現です。
設計の意図
A1明朝を語るうえで欠かせない墨だまりは、もともと装飾として考案されたものではありません。太明朝体A1の原図は、実はもっとシャープな輪郭をしていました。文字を光学的に印画紙へ焼き付ける写植の特性によって、印字された文字の交差部分には、にじんだような角の丸みが生じます。デジタルフォント化の際、モリサワは原図をそのまま写すのではなく、この写植ならではのにじみをあえてデザインとして再現する道を選びました。技術の制約が生んだ偶然の表情を、意図を持って書体の個性に変えたのです。
骨格の面では、A1明朝はふところ(画線に囲まれた空間)が狭く、文字ごとの自然な大小や字幅を残した、筆書きに近いオールドスタイルの明朝体に分類されます。2023年のウエイト拡張に携わったモリサワのタイプデザイナー小田秀幸氏は、墨だまりについて「文字を邪魔せずついていることですごく味のある書体になっている」「役者で言ったら名脇役」と語っています。主役はあくまで骨格で、墨だまりはそれを引き立てる存在だという距離感が、この書体の品を保っています。
どこで使われているか
モリサワのフォント採用事例として公式に確認できるものには、ファミリーマートのプライベートブランド「ファミマル」のパッケージタイトル、ゲーム『神魔狩りのツクヨミ』(コロプラ)、書籍『長友佑都の食事革命』(マガジンハウス)があります。日々の買い物の棚から、画面の中の物語まで。情緒と可読性を両立させたい場面で選ばれていることがわかります。
また、映画『君の名は。』のタイトルロゴにA1明朝が使われていると広く語られていますが、モリサワや映画制作サイドによる公式の裏付けは見つかっていません。モリサワ自身も「某有名アニメーション映画のタイトルに使われている『あの書体』」という言い回しで、この認識の広がりに触れるにとどめています。真偽はさておき、感情の振れ幅の大きい映像作品のタイトルに似合う書体だと多くの人が感じている。その事実自体が、A1明朝の性格をよく表しています。
血縁もあります。2017年にリリースされた「A1ゴシック」は、A1明朝の漢字の骨格と墨だまりのコンセプトを受け継いだゴシック体で、モリサワのインタビュー記事では「『太明朝体A1』はおじいさん・おばあさん、『A1明朝』と『中ゴシック体BB1』はお父さん・お母さん」という家系にたとえられています。写植時代のモリサワでは明朝体に「A」、ゴシック体に「B」の符号を付けていたため、ゴシック体なのに「A1」を名乗る珍しい書体名になりました。
