リュウミンとは
リュウミンは、モリサワが1982年から発売している和文明朝体です。大阪の活字メーカー・森川龍文堂が戦前に手がけていた明朝体「新体明朝」を原型とし、書体名は森川龍文堂の「龍」と明朝体の「明」を組み合わせて名付けられました。1989年に日本語PostScriptフォントとして初めて搭載されて以来、DTPの本文組みから見出しまで広く使われ続けている、基本書体としての明朝体です。
誕生の背景
きっかけは、写真植字(写植)の普及期に出版社から寄せられたある評判でした。1960年代、オフセット印刷の浸透とともに写植が広まっていく一方、書籍などの本文組みの分野ではまだ活字が主流でした。当時の写植の明朝体に対して、出版社からは「活字に比べて力強さに欠ける」という声があったといいます。独自の本文用明朝体を求める気運は社内外に大きく、モリサワは新しい明朝体の開発に着手します。
この明朝体の原型になったのが、活字メーカー・森川龍文堂の「新体明朝」でした。森川龍文堂は1902年に大阪で創業した会社で、金属活字鋳造と印刷機器販売を営み、種字彫刻師を招いて独自の活字母型も手がけていました。1959年、モリサワの創業者・森澤信夫は、かねて交友のあった森川龍文堂の二代目社長・森川健市氏から、新体明朝の見本帳を託されます。健市氏の妻の手記のためにモリサワが宋朝体の文字盤を作った縁があったことも、託された理由の一つだったといいます。
この見本帳にある四号サイズ(約14ポイント)のやや細身の明朝体活字が、モリサワの新しい本文用明朝体のモデルになりました。文字盤の原図制作を担ったのは、当時モリサワのデザイン部門を担っていたモリサワ文研のタイプデザイナー・森輝氏です。森氏はほぼ一人で、漢字・かな・カタカナ約5,700文字(修正を含めれば6,000文字近く)を書き起こしたといいます。1971年に第一試験文字盤、1977年に第二試験文字盤が完成し、いずれも多くの写植業者に試用してもらって意見を集めるという、モリサワとして初めての大規模なリサーチが行われました。試用先からの意見を受けて文字を書き直す作業が繰り返され、デザインは少しずつブラッシュアップされていきます。こうして1982年、リュウミンLが手動写真植字機の文字盤として発売されました。
設計の意図
リュウミンの根っこにあるのは、戦前の活字の文字を、写植という新しい仕組みの中でどう生かすかという課題でした。モリサワはこの書体を「戦前の活字の文字が写植の新しい文字として生まれ変わった書体」と位置づけており、彫刻刀で彫ったハライや点のシャープな形状など、活字ならではの表情を今のリュウミンにも残しています。
発売当初はLウエイトのみの展開でしたが、時代がそれを許しませんでした。1974年のオイルショックを境に高度経済成長期が終わり、暮らしの"質"を求める安定成長期に入ると、ポスターや新聞・雑誌広告に明朝体を極端に大きく扱う新しいグラフィックデザインが登場します。ところが、小さな級数を前提に設計された細い明朝体は、大きく引き伸ばしても必ずしも美しくは見えません。明朝体にもウエイトのバリエーションが欲しいという声は、当時のグラフィックデザイナーとモリサワの双方に共通していました。こうしてモリサワはリュウミンのファミリー化を決断し、1985年にR・M、1986年にB・H、1992年にEB・Uを発売します。
このファミリー化の原図見直しを指揮したのが、毎日新聞を退職したのちモリサワの制作部門に籍を置いた書体デザイナー・小塚昌彦氏でした。見直しにあたっては、最細から最太までのウエイト間で統一感が取れるよう全ウエイトが検討され、横画には部分的に直線を取り入れてすっきりした印象にまとめる一方、縦画は微妙なカーブを残してやわらかい表情を保っています。活版印刷でインクによって強調されていた縦画の終筆部のふくらみは抑えめにし、活字本来のキレを再現したといいます。小塚氏はこのあと、モリサワのもう一つの代表的な書体「新ゴ」の開発にも携わることになります。
どこで使われているか
リュウミンが広く知られるようになった転機は、1989年にAppleが発売した初の日本語PostScript対応レーザープリンタ「LaserWriter II NTX-J」に、リュウミンL-KLがPostScriptフォントとして搭載されたことでした。1993年以降は他のウエイトもPostScriptフォント化され、DTPの普及とともに明朝の基本書体としての地位を確立していきます。以後もPostScriptフォントからCIDフォント、OpenTypeフォントへとフォーマットが移り変わる中で、横画の太さの揺れを整えたり欧文を組み合わせたりと、細部の改良が重ねられてきました。
書体を専門に扱うブログでは、リュウミンについて「この書体を見ない日はまずあり得ない」と評され、DTPにおける明朝体のデファクトスタンダードになったとする見方が示されています。もっとも、これは書き手個人の評価であり、モリサワや第三者機関による発行部数・採用実績などの定量的な調査結果が公式に発表されているわけではありません。確かなのは、モリサワ社内でもリュウミンが書体設計の基準として扱われていることで、新しく入社したタイプデザイナーは研修でまずリュウミンを手書きし、その形を体に覚え込ませるところから学び始めるといいます。
