MS ゴシックとは
MS ゴシックは、Windows日本語版に標準搭載されてきた等幅の和文ゴシック体です。作ったのはマイクロソフトではなくリコーで、リョービイマジクスが写真植字向けに制作した字母「ゴシック-B」をリコーがTrueTypeフォント化し、マイクロソフトに販売権を譲渡しました。Windows 3.1でWindows初の日本語TrueTypeフォントとして登場して以来、30年以上にわたって改訂されながら搭載され続けている、日本でもっとも目にされてきた書体のひとつです。
誕生の背景
MS ゴシックの出自は、パソコンではなくプリンターにあります。リコーのフォント開発は、インパクトプリンターや電子タイプライター用の活字フォントに始まり、1980年代にはパソコン・ワープロ用プリンター向けのビットマップフォント(ドットの集まりで文字を表現するフォント)を制作していました。しかし、ビットマップは拡大すると文字が劣化します。この弱点を克服するために開発されたアウトラインフォント技術が、MS ゴシックの土台になりました。
当時、日本語のTrueTypeフォントはまだ存在していませんでした。リコーは自社の解説記事などで、米マイクロソフトと共同で試行錯誤しながら開発を進めたこと、解像度の低い小さな画面でいかに小さい文字まできれいに表示させるかに工夫を重ねたことを明かしています。字母のデザインはリョービイマジクスから使用許諾を受け、リコーがTrueTypeフォント化し、それをマイクロソフトが搭載する。この三社の分担で、MS ゴシックとMS 明朝はWindows 3.1日本語版とともに世に出ました。なお発売年については、リコー自身の記述にも1992年と1993年の揺れがあります。
ファミリーはその後も段階的に拡張されます。Windows 95でプロポーショナル版の「MS Pゴシック」が、Windows 98で画面のメニューやダイアログ専用の「MS UI Gothic」が加わりました。MS UI Gothicは、マイクロソフトが1997年12月のプレスリリースで発表したもので、この発表では、デザインはタイプクリエーションとリコーが担当したと記されています。
設計の意図
マイクロソフトの公式書体ページは、MS ゴシックを、均一な太さのストロークとシンプルで直線的な字形を持ち、低解像度ディスプレイの画面上やユーザーインターフェースでの可読性を意図してデザインされた書体だと説明しています。紙の上の美しさではなく、画面の上の読みやすさ。MS ゴシックの設計は、一貫してそこに向けられてきました。
その象徴が、内蔵ビットマップフォントです。MS ゴシックのフォントファイルには、7・8ドット(仮名のみ)と10〜20ドットの各サイズのビットマップフォントが内包されており、対象のドット数ではアウトラインではなくビットマップでの表示が優先されます。解像度の低い画面で小さな文字がつぶれるのを防ぐための仕組みです。小さなサイズのMS ゴシックが輪郭のはっきりしたギザギザの文字に見えるのはこのためで、ClearType(Windowsの文字を滑らかに表示する技術)が効きにくいとも広く語られていますが、この挙動を明記した公式資料は見つかっていません。
改訂も画面と規格の変化に沿って続いてきました。Windows Vista世代のバージョン5.00でJIS2004(JIS X 0213:2004)の字形に対応し、近年のバージョン5.31・5.32では令和の合字「㋿」が追加されています。収録文字数は現行で16,126文字(Unicodeベース、縦書き用字形を除く)にのぼります。
どこで使われているか
もっとも大きな使用実績は、いうまでもなくWindowsそのものです。Windows 3.1から現行のWindows 11まで、MS ゴシック・MS Pゴシック・MS UI Gothicは標準フォントとして同梱され続けており、Windows 11のフォント一覧にもバージョン5.32が掲載されています。Mac向けにも、Microsoft Office for Macの過去の版に同梱されていたと説明されています。長らくWindowsの画面表示の標準であり続けましたが、Windows Vista以降はメイリオが、のちには游ゴシック系のフォントがシステム表示の主役を引き継いだと広く語られています(この変遷を体系的に説明した公式資料は確認できていません)。
一方で、印刷やグラフィックデザインの現場での評価は対照的です。マイナビニュースの取材記事では、エディトリアルデザイナーが「基本的にMS Pゴシックは使いません」と語り、その理由としてひらがなの統一感のなさや印刷時の見た目を挙げています。同記事は、MS Pゴシックが低解像度ディスプレイという制約の中で読みやすさを確保するために開発された書体であり、文字としての美しさは脇に置かれていた、という見方も紹介しています。画面のために生まれた書体は、画面の中でこそ本領を発揮する。この評価の分かれ方自体が、MS ゴシックの設計思想の裏返しといえます。
