Didotとは
Didotは、18世紀末のパリで印刷・出版一族ディドー家が確立したセリフ体です。垂直の軸、太い縦画と髪の毛のように細い横画・セリフの極端な対比を特徴とし、イタリアのBodoniとともに「モダン(ディドーヌ)」様式を代表する存在として位置づけられています。活字父型を彫ったのは一族三代目のフィルマン・ディドー。兄ピエールがその活字で豪華本を印刷し、兄弟の仕事はフランス活字の一つの頂点として現在も参照され続けています。
誕生の背景
Didotという名前は、一人のデザイナーではなく一族を指します。祖であるフランソワ・ディドーは1713年にパリで書店を開き、1754年には国王から印刷特許を得ました。その息子フランソワ=アンブロワーズは1780年頃、活字サイズを揃えるための単位系を考案します。フランス・インチの1/72を基準とするこの単位は、後に彼の名から「ディドー・ポイント」と呼ばれ、ヨーロッパ大陸の活字測定の標準となりました。1973年には欧州共同体向けに0.375mmとしてメートル法上で標準化されています。書体の話に入る前から、この一族はすでに「文字の寸法」そのものを定義していたわけです。
書体としてのDidotを生んだのは三代目の兄弟です。弟のフィルマン・ディドー(1764–1836)が活字父型を彫って鋳造し、兄のピエール・ディドー(1760–1853)がそれを用いて印刷しました。タイプファウンドリProduction Typeの解説記事によれば、フィルマンは1783年、19歳で最初のイタリック体を制作し、1785年頃に最初のローマン体を手がけたとされます。様式はその後も磨かれ続け、同記事は1798年の大型本『Virgil』で、明確な垂直の強調と太細の大きな対比を備えた成熟したDidot様式が実現されたと述べています。ピエールはルーヴル宮内に印刷所を構え、『Virgil』『Horace』『Racine』などのいわゆる「ルーヴル版」で豪華出版の頂点を極めました。1818年のヴォルテール『La Henriade』は、その代表作とされています。
フィルマン自身は活字彫刻にとどまらない人物でした。印刷における「ステレオタイプ(組版を鉛版に複製する技術)」という語を考案し、1798年の産業博覧会で最高賞を受賞。ナポレオンによって帝国印刷所の活字鋳造部門の責任者にも任命されています。精密さへの執着が、単位系・活字・印刷技術という三つの層で同時に進んだ一族でした。
設計の意図
Didotの骨格は、無から生まれたものではありません。英語版Wikipediaの解説は、イギリスのJohn Baskervilleが試みた「太細のコントラストの増大と、より締まった骨格」にディドー家が着想を得たと述べています。Baskervilleが一歩踏み出したトランジショナル(過渡期様式)の方向を、ディドー家は極限まで押し進めました。ブラケット(セリフの付け根の丸み)を取り払った水平のヘアラインセリフ、幾何学的な垂直の軸。手書きの名残を消し、彫刻的な精密さで文字を再構築する方向性です。
この様式は現在「ディドーヌ(Didone)」と総称されます。この用語自体、英語版Wikipediaによれば1954年にVox-ATypI分類(活字の国際的な分類体系)の一部として作られた造語で、Firmin DidotとGiambattista Bodoniの姓を合成したものとされます。様式の名前に両者が並んで刻まれていることが示す通り、フランスのディドー家とイタリアのボドーニは、ほぼ同じ時代に同じ到達点へ向かいました。英語版WikipediaにはDidotのほうがわずかに早く「史上初のモダン書体」に達したとする記述もありますが、両者を並列に扱う資料も多く、先後関係を断定できるだけの裏付けは見つかっていません。
どこで使われているか
Didotの20世紀は、ファッション誌とともにありました。グラフィックデザイン専門誌Eye Magazineの記事「Through thick and thin: fashion and type」は、アートディレクターのAlexey Brodovitchが1920年代のパリでCahiers d'Art誌にDidotを使い、後にHarper's Bazaar誌のアートディレクターとなってからは、Didotがレイアウトの余白を切り裂く「黒い刃」であったと表現しています。同記事によれば、この書体はHarper's Bazaar誌の、そしてBrodovitch自身の署名的存在になりました。
この結びつきは1990年代に再演されます。MyFontsに掲載されたHoefler & Co.の説明文によれば、Harper's Bazaar誌は1991年の誌面刷新にあたり、編集長Liz TilberisとアートディレクターFabien Baronの構想のもと、同誌の1930〜50年代のスタイルに基づく書体をJonathan Hoeflerに依頼しました。こうして生まれた「HTF Didot」は1992年9月号で初めて誌面に登場します。どのサイズでも繊細なヘアラインを保てるよう「オプティカルサイズ」の体系を備えた最初期のデジタル書体の一つとされ、6ウエイト・計42フォントで構成されています。
一方、Vogue誌の表紙とDidotの関係は広く語られており、英語版Wikipediaも1940年代からの使用と1955年以降の常用化を記していますが、その原出典であるVogue誌アーカイブは直接確認できず、発行元による公式な裏付けは見つかっていません。放送局CBSが「CBS Didot」と呼ばれる版を長年使用したという記述や、2019年にZaraがDidotを強く詰めた新ロゴを導入したという記述も同様に、元の報道記事までは確認できていません。より確度の高い事例としては、第三者のキュレーションサイトFonts In Useが、映画『Parasite』のポスター(2019年)や『Dune』のキャラクターポスター(2021年)、イタリア版Vanity Fair誌などをLinotype DidotとHTF Didotの使用例として収集しています。

