Courierとは
Courierは、1950年代半ばにハワード・“バド”・ケトラー(Howard "Bud" Kettler)がIBMのタイプライターのために設計した、等幅(モノスペース)のスラブセリフ体です。IBMが名前を商標登録しなかったため書体名はパブリックドメイン化し、のちにWindows・macOSの標準フォントとして広く行き渡りました。現在も脚本の業界標準やソースコードの表示など、「すべての文字が同じ幅である」ことが意味を持つ場面の定番であり続けています。
誕生の背景
Courierを設計したケトラーは、地方新聞の経営と印刷業を経て1952年にIBMに入社し、のちに同社の活字デザイン部門を率いた人物です。IBMの元同僚たちが寄せた回想録によれば、ケトラーは1955年、タイプバー式タイプライターのためにCourierを設計したとされます。一方、デザイン史家ポール・ショーは設計年を1956年とし、Microsoftの公式資料も「1955年または1956年」と両論を併記しています。半世紀以上使われ続けた書体でありながら、正確な誕生年は今も確定していません。
名前にまつわる逸話も、元同僚の回想を通じて広く語られています。この書体は当初「Messenger」という名で世に出る寸前だったものの、ケトラーは考え直したといいます。手紙はただの使者(メッセンジャー)にもなれるが、品位と威信、安定を放つ急使(クーリエ)にもなれる——そう考えて名を改めた、と伝えられています。本人が雑誌の取材に答えた言葉とされますが、原典の記事そのものは確認されておらず、IBMの元同僚の回想を通じて広まってきた逸話です。
そしてCourierの運命を決めたのは、設計そのものよりも、法律上の一つの空白でした。タイポグラフィ研究者チャールズ・ビゲローがTUGboat誌に寄せた論文によれば、IBMはCourierという書体名を商標登録しませんでした。タイプライターの機構自体は特許で守られていたものの、特許が失効すると、書体名はそのままパブリックドメインへと溶けていったのです。誰のものでもなくなった書体は、やがて「タイプライターの文字」の代名詞になりました。囲い込まれなかった文字が、遠くまで届いた。Courierの歴史は、その逆説とともに語られます。
設計の意図
Courierの設計を規定したのは、タイプライターという機械の制約です。タイプライターはどの文字にも同じ幅を割り当てるため、幅の狭い「i」も広い「M」も、同じスペースの中で成立させなければなりません。Courierのスラブセリフ(角ばったセリフ)は、幅の広い文字も狭い文字も、この等幅の枠組みの中で釣り合わせるための形です。
1961年にIBMが発売したSelectricタイプライターでは、活字を球形の「タイプボール」に載せる方式に変わり、Courierもそれに合わせて適応されました。元同僚の回想によれば、このときセリフの一部が短縮され、数字の幅が狭められたとされます。
なお、この時期の改訂をめぐっては、スイスの書体設計者アドリアン・フルティガー(UniversやFrutigerの設計者)が関与したという説が広く流通しています。Adobe Fontsは現在もフルティガーを設計者の一人として明記し、Microsoftの公式資料もフルティガーの助言を得て改訂されたと記していますが、デザイン史家ポール・ショーはAIGAへの寄稿でこれを明確に否定し、フルティガーが実際に手がけたのはSelectric向けのUnivers版だったと述べています。元同僚の回想も、フルティガーがIBMの組版機向けフォント開発や社内研修に関わった事実は伝えるものの、Courier自体の適応はケトラーの仕事として描いています。公式資料と歴史研究が正面から食い違う、珍しい論争が今も残っている書体です。
どこで使われているか
Courierの20世紀後半は、公文書とともにありました。象徴的なのは米国務省です。AP通信やThe New York Timesの報道を引いたポール・ショーの記事、およびSlate誌の記事によれば、国務省は2004年2月1日付で、公式文書の標準書体をCourier New 12ポイントからTimes New Roman 14ポイントへ切り替えました。理由として挙げられたのは、より鮮明で現代的な見た目です。ただし電報・条約関連文書・大統領署名用文書の3種は例外として残されました。タイプライター時代の書体が、公文書の主役の座を静かに降りた瞬間でした。
一方、脚本(スクリーンプレイ)の世界では、Courierは今も現役の標準です。12ポイントのCourierで組んだ脚本は1ページがおよそ上映1分に相当するとされ、この換算が業界の共通言語になっています。等幅だからこそ、ページ数がそのまま尺の見積もりになる。幅の均一さという制約が、ここでは実務上の資産に変わっています。ただし、全米脚本家組合(WGA)が公開する現行のハンドブックにフォントの規定は見当たらず、規則というより強固な業界慣行として続いているのが実態のようです。
デジタル環境では、Apple Macintoshが1980年代からCourierをコアフォントに含め、Microsoftは1990年代初頭、Monotypeに委託して制作したCourier NewをWindows 3.1に搭載しました。以来、Courier Newは現行のWindows 11まですべてのWindowsに同梱され続けています。ソースコードの表示や、プレーンテキストの等幅表示にも長く使われてきました。Courier Newが原型よりも線が細く見えることはしばしば指摘されており、Selectricのタイプボールから直接デジタル化した際に、インクリボンが加えていた視覚的な太さが考慮されなかったためと語られていますが、これを裏付ける制作元の公式な説明は見つかっていません。

