筑紫A丸ゴシックとは
筑紫A丸ゴシック(つくしえーまるごしっく)は、フォントワークス(現Monotype傘下)が2008年12月に発表した和文の丸ゴシック体です。デザインは藤田重信氏。ふところ(文字の内側の空間)を絞った骨格に、温かみのある丸みを帯びた線を組み合わせた設計で、一般的な丸ゴシック体とは一線を画す表情を持ちます。2015年発売のOS X El Capitan以降、macOSに標準搭載されているフォントの一つでもあります。
誕生の背景
藤田重信氏は1957年、福岡県の生まれです。筑陽学園高校デザイン科を卒業した1975年に写真植字機研究所(のちの株式会社写研)へ入社し、文字デザインの現場を長く経験しました。1998年にフォントワークスへ移籍し、2004年の筑紫明朝を皮切りに「筑紫書体」と呼ばれるシリーズを立ち上げます。
筑紫丸ゴシックは、このシリーズが軌道に乗った時期に生まれた書体です。専門メディアの年表整理によれば、筑紫明朝(2004年)、筑紫見出ミン(2004年)、筑紫ゴシック(2006年)と続いたのち、2008年12月22日に筑紫オールド明朝と同時にフォントワークスLETSで提供が始まりました。姉妹書体の筑紫B丸ゴシックも同時展開されています。発表の少し前、2008年11月10日付の専門メディア記事はすでに「12月にリリースされるそうです」と伝えており、実際のリリース時期と一致します。
この2書体は、リリース後たちまち人気を集めたと専門メディアは振り返っています。2010年には藤田氏が「筑紫書体」(筑紫オールド明朝・筑紫丸ゴシック)で東京TDC賞を受賞しました。受賞ページに寄せた本人コメントでは、筑紫丸ゴシックについて、ごく一部のユーザーからの要望をきっかけに世に出したところ、リリース後の反響から、その背後に潜んでいた需要の大きさに驚いたという趣旨のことが語られています。
その後もシリーズは拡張を続け、2017年にはグッドデザイン賞を受賞したとフォントワークス公式のデザイナー紹介ページに記載されています(対象書体の個別列挙はありません)。2024年1月には、藤田氏と筑紫書体シリーズの制作背景を取材した書籍『筑紫書体と藤田重信』(PIE International)が刊行されました。
設計の意図
フォントワークスの公式製品ページには、筑紫A丸ゴシックについて次のような紹介文が掲載されています。
「デジタルフォントの標準的な丸ゴシック体とは一線を画す書体です。現代の感覚で味わい深い丸ゴシック体を設計しました。ふところの広い現代風なデザインとは異なり、ふところを絞ったデザインの丸ゴシック体です。漢字は幾何学的な直線処理ではなく、温かみのある丸みを帯びたラインを意識して設計しています。かなはニュートラルなデザインです。」
一般的なデジタル丸ゴシック体が広いふところを持つ「現代風」の設計に寄りがちなのに対し、筑紫A丸ゴシックはあえてふところを絞り、オールドスタイルに近い骨格を選んでいます。専門メディア(FONTPLUSブログ)は、この書体を単に「角ゴシックを丸めただけ」ではなく、優しい丸みと抑揚のある線、ふところを絞った骨格を併せ持つ「大人の丸ゴシック」と評しています。丸ゴシックならではの柔らかさを備えながら、子供っぽさに寄りすぎないバランスが持ち味だという整理です。
姉妹書体の筑紫B丸ゴシックは、かなをオールドスタイルで設計し、英数字もエジプシャン系にするなど、筑紫A丸ゴシックとは異なる設計方針を採っています。ただし漢字については、フォントワークス公式ページに「AとBの漢字等は、共通のデザインの文字を使用」と明記されており、両書体は骨格を共有しながら、かなと欧文の表情で性格を描き分けるファミリーとして設計されています。
なお、藤田氏本人が筑紫A丸ゴシックの設計意図そのものを詳しく語ったインタビューは、この記事の調査範囲では見つかりませんでした。個人ブログや専門メディアの紹介記事では、「かわいさと品を両立する、洗練の丸ゴシック」「通常の丸ゴシックよりふところが絞られ、角のアール(丸み)が大きい」といった評があり、A版はやわらかく親しみやすい丸みを、B版は控えめで落ち着いた印象を持つと対比されていますが、これらはいずれも書き手個人の見解です。
どこで使われているか
フォントワークス公式のTumblrブログ(2017年)は、筑紫A丸ゴシック・筑紫B丸ゴシックの使用例として、「やさしさ生茶 カフェインゼロ」の中吊り広告、「MORINAGA オカシな実験室」の広告、「キューピードレッシング」の新聞広告、仏像をテーマにしたコミック作品を挙げています。紙媒体からデジタルコンテンツまで幅広く使われている書体として紹介されている文脈での例示です。
フォントワークス公式のLETS会員インタビューでは、ブックデザイナーの名久井直子氏が手がけた書籍として、綿矢りさ著『憤死』(河出書房新社)の装丁に筑紫A丸ゴシックが使われたことが挙げられています。ただし同記事内に、このフォントについての名久井氏本人の具体的なコメントは掲載されておらず、書名の列挙にとどまります。
個人ブログや専門メディアでは、幼児・女性向けサイトや、和菓子・着物のパッケージなど「かわいらしさ」を演出したい場面に向くという紹介も見られますが、これはあくまで書き手個人の見解であり、フォントワークスが公式に用途を指定しているものではありません。

