NO.014

ナール — 詰めなくても美しく並ぶ丸ゴシック

写研 — 中村征宏 — 1972
公開 2026-07-19 最終更新 2026-07-20
OFFICIAL — 公式ページ
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出典: Morisawa Fonts のスクリーンショット(2026-07-19取得・引用)

ナールとは

ナールは、1972年に写研から発売された和文丸ゴシック体です。正方形の字面いっぱいに描かれた大きな文字と広いふところを持ち、字間を詰める作業をしなくても美しく並ぶように設計されました。デザイナー・中村征宏氏のデビュー作であり、道路の案内標識をはじめ街の風景に溶け込んだのち、写植システムの衰退とともに姿を消し、2024年に一部が現代のフォントとして復刻された書体です。

誕生の背景

始まりは一枚の募集広告でした。1969年10月頃、仕事の関係者からデザイン誌『アイデア』に載った「石井賞創作タイプフェイスコンテスト」の広告を勧められた中村氏は、締め切りまで約3ヶ月という条件で応募を決めます。当時の中村氏は書体デザイナーではなく、テレビ局のテロップやタイトルの文字を書く仕事をしていました。

1970年1月末に締め切られた第1回コンテストには118点が集まり、中村氏の応募作「細丸ゴシック」——のちのナール——が1位に選ばれます。結果を知らせる電話があったのは1970年4月1日。同年5月18日に東京の大日本インキビルで表彰式が行われ、7月から写植書体としての制作が始まりました。

制作は平坦ではありませんでした。当初は若いスタッフ2人とともに3人で原字を書き始めたものの、線の太さや角の丸め方に微妙なばらつきが生じたため、中村氏はそれまでの仕事をすべて断り、1人で書く体制に切り替えます。ペースは1ヶ月に400〜450字。途中、写研から「字形が変わってきている」と指摘を受けて約1,000字を書き直す出来事もありました。以後、自作のナール8字の見本を常に机上に置き、見比べながら書き進める方法に改めたといいます。こうしてナールは1972年に発売されました。

設計の意図

ナールの発想の原点は、書体の美学ではなく、日々の作業の負担にありました。写植の版下制作では、文字と文字の間を1字ずつ詰める「字詰め」に膨大な手間がかかります。中村氏はここに着目し、「詰めなくても良い文字が作れないものか」(写研100周年サイトの本人エッセイより)と考えました。詰めずに使うためには、1字が正方形のほぼいっぱいに大きくなければならない。字間そのものを主体にした設計です。

その答えが、大きな字面と広いふところ(文字の内側の空白)を持つ丸ゴシックでした。明朝体や手書き文字が主流だった時代に、極細のウエイトと幾何学的な骨格を持つナールは「新しい書体」として受け止められたと、マイナビニュースの書体設計士・橋本和夫に聞くは評しています。写研で長く書体設計に携わった橋本和夫氏も、活字書体に慣れた者には思いもよらない、既成概念を塗り替えるデザインだったと振り返っています。当時流行していた丸文字の時代の空気とも響き合いました。一方で中村氏自身は、テロップの現場で書き慣れていた文字の形が自然にナールの字形に表れたとも語っており、道具としての合理性と手の記憶が重なったところにこの書体は生まれています。

ファミリーは1972年の最細のナールを起点に、1973年のD、1975年のL・M・O、1977年のE、その後のSH・OS・DB・U・Hまで、写研アーカイブで確認できるだけで11ウエイトに広がりました。DとEは新たに原字を起こすのではなく、Dは元のナールを、EはそのDを印画紙に薄く焼き付けて線を太らせる方法で作られています。なお、L・M・Oの3ウエイトは中村氏本人ではなく写研の社内で制作されたことが、橋本氏の証言から確認できます。

どこで使われているか

ナールがもっとも広く知られる使用例は、一般道路の案内標識です。道路標識業の全国団体・関東支部が実務基準としてまとめた「道路案内標識文字の表示基準(案)」は、一般道路の案内標識の文字にナールD(白色表示)とナールDB(青・黒色表示)を用いると明記しています。採用理由として挙げられているのは、字面が大きくふところが広いため文字が明るく並びがよいこと、余分な飾りがなく見えやすいこと、そして従来の丸ゴシック体に対して新鮮な感覚を持ち都市景観に調和すること。書体の設計思想が、そのまま公共空間での実用性として評価されたかたちです。「建設省が1986年に標準書体として指定した」と語られることも多いのですが、国自身の公式文書でこの指定を確認できる資料は見つかっていません。

同基準はまた、ナールがテレビのテロップや看板、駅名標に広く用いられ、市民の身近なものになっていると記しています。阪急電鉄の駅名標に長く使われていたという話も鉄道メディアの取材記事などで知られていますが、こちらは事業者自身による公式な発表は確認されていません。

そしてナールを語るとき、同じ中村氏が手がけたゴナの存在は欠かせません。ナールの成功がゴナ誕生のきっかけになったと語られることもありますが、本人のエッセイや対談にその因果関係を直接裏付ける記述はなく、確かなのは、一人のデザイナーが1972年前後という近接した時期に、時代を代表する2つの書体を続けて手がけたという事実です。

BOOKS — 記事に登場した本
『文字をつくる』中村征宏 / 美術出版社 ナールの生みの親自身が文字デザインの原理と実際を解説した1977年刊の一冊AMAZON ↗
Amazonのアソシエイトとして、書体百景は適格販売により収入を得ています。
FAQ
ナールは今でも使えますか?

使えます。ただし2026年7月時点で使えるのは復刻された「ナール EL」「ナール E」の2ウエイトのみで、Morisawa Fontsのサブスクリプション契約が必要です。他のウエイトは復刻されていません。

道路標識の文字はナールですか?

一般道路の案内標識には、業界団体の表示基準でナールD・ナールDBが標準の書体として明記されており、長く使われてきました。ただしすべての標識がナールというわけではありません。

ナールという名前の由来は何ですか?

「中村のナ」と「ラウンド(round)のR」を組み合わせたという説明が広く語られていますが、写研や中村氏本人による公式な説明は確認されていません。写研書体の名前の多くは当時の石井裕子社長が付けたという証言もあり、由来は確定していません。

SOURCES — 参考文献・出典15 REFS
[01]中村征宏エッセイ「私が手がけた写研書体〜ナール誕生秘話〜」| 写研100周年サイト[02]対談 橋本和夫×中村征宏 第1回 | 写研100周年サイト[03]対談 橋本和夫×中村征宏 第3回 | 写研100周年サイト[04]ナール NAR | 写研アーカイブ[05]ナール EL 書体見本 | モリサワ[06]ナール E 書体見本 | モリサワ[07]書体設計士・橋本和夫に聞く(20) ナールという衝撃 | マイナビニュース[08]中村征宏氏とナール、ゴナ(『印刷雑誌』2020年)| 文字情報技術促進協議会[09]道路案内標識文字の表示基準(案)| 全国道路標識・標示業協会 関東支部[10]写研書体のOpenTypeフォント開発で今後100フォントをリリース | モリサワ[11]2024年度新書体第1弾の提供開始 | モリサワ[12]「Morisawa Fonts」にて写研書体の提供を開始 | 写研[13]写研とOpenTypeフォント共同開発で合意 | モリサワ[14]『文字をつくる』中村征宏 | 紀伊國屋書店[15]中村征宏さん×フォントダス対談 | FONTDASU.COM