ゴナとは
ゴナは、写真植字の時代を代表する写研の角ゴシック体です。1975年、書体デザイナー・中村征宏氏による当時もっとも太いウエイト「ゴナU」から始まり、10年をかけて全12書体のファミリーに育ちました。1980年代の誌面や街なかで広く見かけられ、その後は書体の著作権をめぐる歴史的な裁判の主役となり、長く使えない時代を経て、2024年にようやく一部が現代のフォントとして帰ってきた——起伏の激しい物語を持つ書体です。
誕生の背景
始まりは、写研社長からの一風変わった依頼でした。「これまでにない極太角ゴシック」(写研100周年サイトの中村氏エッセイより)を作ってほしい——。中村氏は漢字14字・かな5字・カナ5字、あわせて24字を思い切り太く描いて提出し、これが採用されてゴナUになります。1975年秋、第4回写研フェアでの発表でした。
異例なのは、ファミリーの育ち方です。ふつう書体は標準的な太さから作られますが、ゴナはいちばん太いUが最初で、そこから細い方へ展開されました。1979年にEとO、1981年にOS、1983年にL・M・D・DB・B、1985年にH・IN・LBが加わり、全12書体が揃います。このファミリー化のプロジェクトを率いたのは、当時写研に在籍していた鈴木勉氏——のちに字游工房を設立する人物——だったと、写研出身者への対談記事などで伝えられています。ただし写研自身がこれを公式記録として明らかにした資料は見当たりません。
設計の意図
極太には極太の発明が要ります。太すぎる画線では「き」や「さ」のように画をつなげる余白がないため、中村氏は縦棒を伸ばしてハネをなくす処理にたどり着いたと語っています。いちばん太いのにつぶれず読める。ゴナの評価はこの一点に集約されます。
もう一つの決断が、横線を完全な水平にしたことです。中村氏はその理由を、UniversやHelveticaといった欧文サンセリフと混植したときに違和感が出ないようにするためだったと説明しています。1970年代の日本の書体が、すでに欧文との併記を前提に設計されていたことがわかる証言です。
のちの裁判で大阪高裁は、ゴナを既存ゴシックの発展形ではなく、独自のコンセプトで一から創作された極めて独創的な書体だと評しました。係争の場でさえ、その独創性は揺らがなかったのです。
どこで使われているか
確認できる早い実例は、1976年創刊の雑誌『POPEYE』です。創刊2号からゴナUが誌面で多用されたことが、写研出身デザイナーへの取材記事で語られています。細いウエイトが揃った1983年以降は、印刷物から看板、テレビの字幕まで広がり、1980年代を「ゴナの時代」と呼ぶ声もあります。もっとも、これは業界を振り返る際によく聞かれる言い方であり、個別の看板や番組がゴナを採用したと公式に発表した記録があるわけではありません。
そして、新ゴとの裁判です。写研は1993年、モリサワの新ゴシック体がゴナの複製にあたるとして提訴しました。一審(1997年)・控訴審(1998年)・最高裁(2000年)といずれも写研の請求は退けられましたが、判決文には興味深い記録が残っています。大阪高裁は、新ゴシック体はゴナに対抗する意図のもとゴナを基に制作されたと事実認定したうえで、それでも印刷用書体には原則として著作権の保護が及ばないと判断したのです。「似ている」ことと「法で守られる」ことは別である——日本のタイポグラフィ史に残る重要な判例が、この書体から生まれました。
