駅名標は、乗客が最も頻繁に目にしながら、ほとんど意識されない書体です。しかし各鉄道会社は、和文・欧文・駅番号という3つの要素それぞれに、視認性やブランドイメージを踏まえた書体を選んでいます。手書きの時代から写植、デジタルフォントへと移り変わる中で、その選択は会社ごとにはっきりと分かれてきました。ここでは国鉄の遺産からJR各社、東京メトロ、Osaka Metro、そして私鉄各社の駅名標書体を、出典の確度とともに集めました。
国鉄→JR東海 — すみ丸ゴシック確度B

1960年(昭和35年)、日本国有鉄道は「日本国有鉄道掲示規程」で掲示類の書体を統一するため、角ゴシック体の隅にわずかな丸みをつけた「すみ丸角ゴシック体(すみ丸ゴシック)」を制定しました。それまで駅の掲示は看板職人の手書きに委ねられており、書き手によって表情がまちまちだったためです。4年後に控えた新幹線開業と東京五輪を前に、「誰が書いても統一感のある文字」を目指したデザインでした。
国鉄分割民営化後、多くのJR各社は徐々にモリサワの新ゴなどデジタルフォントへ切り替えていきましたが、JR東海だけは歴代の経営陣がこの書体を評価し、東海道新幹線と在来線の駅名標に「スミ丸ゴシック体」の名で使用し続けています。手書き文化の名残が、分割民営化と技術の変遷を経た今もなお現役という点で、稀有な事例です。
JR東日本 — 新ゴ確度B

JR東日本のサインシステムは、1990年制定の「JR東日本サインマニュアル」を土台にしています。当初は和文書体にゴナが使われていましたが、次第にモリサワの新ゴ(新ゴ B)へ移行しました。欧文はHelvetica Bold、駅番号にはFrutiger Boldという組み合わせです。国鉄時代はひらがなを大きく表示するスタイルでしたが、次第に漢字表記がメインとなり、ひらがなの比重は小さくなっていきました。
東京メトロ — 新ゴ+Frutiger確度B

東京メトロ(旧・営団地下鉄)のサインシステムは、1970年代に帝都高速度交通営団が定めた「旅客案内掲示基準」を起源とします。2004年の民営化を機にサインシステムが一新され、現在は和文に新ゴ M、欧文にFrutiger Bold、駅番号にはFutura Boldが使われています。この改定は高齢化・国際化・複雑化という3つの変化への対応が軸で、駅ナンバリングもこのタイミングで導入されました。もじ鉄による2017年時点の調査では、この書体構成が案内サインとして運用されていることが確認されています。
Osaka Metro — ヒラギノ角ゴ+Parisine確度B

大阪市営地下鉄(現Osaka Metro)の駅名標は、1977年の本町駅を皮切りに「ヒゲ文字」と呼ばれる独自書体から、ゴシック4550、見出しゴMB31(和文)+Helvetica(欧文)という組み合わせへと段階的に更新されてきました。転機は2015年です。御堂筋線本町駅のリニューアルを機に、和文をヒラギノUD角ゴへ、欧文をフランスのパリ地下鉄で使われる書体「Parisine(パリジーヌ)」へと切り替えました。専門メディアの調査によれば、日本の鉄道事業者がParisineを採用したのはOsaka Metroが初めてとされています。右上に路線名を大きく配置するレイアウトもこの新サインシステムから導入されました。
相鉄 — ヒラギノ角ゴ+Rotis SemiSans確度B

相模鉄道(相鉄)は2013年から「相鉄デザインブランドアッププロジェクト」を展開し、水野学氏らをデザイン総合監修に迎えて、駅舎・車両・制服のデザインを刷新してきました。駅名標には和文にヒラギノ角ゴ、欧文には女性的で柔らかな印象のRotis SemiSans Boldが使われています。相鉄公式サイトでは、車体表示や車内掲示に「ヨーロッパの道路標識やドイツ鉄道の車体標記に使われるDIN 1451をベースにしたフォント」を採用していると説明されており、駅名標の数字部分にもDIN系のオリジナル書体が使われていると報じられています。2019年にはこの一連のデザイン刷新がグッドデザイン賞を受賞しました。
阪急電鉄 — イワタUD丸ゴシック確度B

関西の私鉄の中でも、阪急電鉄の駅名標は和文にイワタUD丸ゴシック M、欧文にHelvetica Regularという組み合わせが使われています。関西エリアの鉄道各社を調査した専門メディアの記事によれば、駅番号にはUD新ゴ DBが使われており、和文が丸ゴシックであるにもかかわらず駅番号だけ角ゴシックという、書体の使い分けが見られる点が特徴です。
西武鉄道 — AXIS Font確度B

西武鉄道の駅名標に使われている和文書体は、多くの鉄道会社が選ぶ新ゴやヒラギノとは異なり、AXIS Font Mです。AXIS Fontはデザイン誌『AXIS』のために開発された書体で、シャープで現代的な印象を持ちます。欧文にはHelvetica Medium、駅番号にはHelvetica Boldが使われ、和文・欧文・駅番号のすべてを一つの書体系統でまとめる会社が多い中、西武はやや異色の選択をしている事業者のひとつです。
駅ナンバリングの書体という共通言語
2004年の東京メトロ・都営地下鉄での導入を皮切りに、駅ナンバリングは全国の鉄道事業者へ広がりました。興味深いのは、駅名標の和文書体が新ゴだろうとヒラギノだろうとAXIS Fontだろうと、路線記号と駅番号にはFrutiger BoldやFutura Boldといった欧文の定番書体が選ばれる例が多いことです。JR東日本はFrutiger Bold、東京メトロと都営地下鉄はFutura Bold、京浜急行電鉄はFrutiger Boldというように、和文書体の違いを超えて、駅番号という「万国共通の記号」には視認性の高い欧文サンセリフが好まれる傾向があります。一方で阪急電鉄のようにUD新ゴを使う例や、群馬県の上信電鉄のように和文・欧文ともに丸ゴシック体のナールDで統一している例もあり、駅ナンバリングの書体一つをとっても、事業者ごとの姿勢の違いが表れています。
駅名標の書体とよく混同されるもの
駅名標の書体をめぐっては、いくつかの混同が見られます。まず、JR各社はすべて同じ書体を使っていると思われがちですが、実際にはJR東日本が新ゴ、JR西日本も新ゴを採用する一方、JR東海だけは国鉄時代のすみ丸ゴシックを使い続けており、会社ごとに方針が異なります。また、「駅名標の書体は新ゴかヒラギノのどちらか」という単純化も見られますが、西武鉄道のAXIS Fontや相鉄のRotis SemiSansのように、独自の欧文書体を組み合わせる例も少なくありません。もじ鉄(駅名標の書体を愛でる鉄道ファン)の調査は2017〜2018年時点のものであり、東京オリンピックに向けた案内サイン更新や各社のリニューアルによって、現在は異なる書体に置き換わっている駅も存在する点には注意が必要です。それでも、装飾を排し「読み違えられないこと」を目指す姿勢は、道路標識の書体と同じく、駅名標にも一貫して受け継がれています。