映画のタイトルは、観客が物語に触れるいちばん最初の一行です。まだ何も起きていない画面に文字だけが現れるその数秒で、これから始まるのが不安な話なのか、壮大な話なのか、笑える話なのかが決まってしまう。だからタイトルの書体は、しばしば作品そのものと同じくらい入念に選ばれ、ときには一から描き起こされてきました。ここでは、映画史に残るタイトルがどんな書体で組まれていたのかを、出典の確度とともに集めました。
めまい(1958)確度B

タイトルデザインを映画の一部として扱う流れをつくったのは、ソール・バスでした。ヒッチコック監督の『めまい』のオープニングタイトルは、女性の顔のクローズアップから渦巻きの幾何学模様へと展開する有名な導入で知られます。Fonts In Useは、この画面に組まれている書体をClarendonとNews Gothicと特定しています。
Clarendonは1845年のロンドンで生まれたスラブセリフで、セリフ(文字の端の飾り)が太く角ばっているのが特徴です。装飾的というより、堅くて重い。渦を巻きながら迫ってくる抽象模様の上に、この硬質な書体が置かれることで、めまいという不安定な主題に対して画面がかろうじて秩序を保っているような緊張が生まれます。バスはこの後『北北西に進路を取れ』『サイコ』でもタイトルを手がけ、「タイトルは本編が始まる前の余白ではなく、本編の一部である」という考え方を定着させました。
2001年宇宙の旅(1968)確度B

『2001年宇宙の旅』のタイトルカードの書体は、しばしばFuturaだと説明されます。幾何学的で、無機質で、宇宙的——たしかにFuturaのイメージにはよく合います。ですが、これは正確ではありません。
Fonts In Useでは、タイポグラフィ研究者のStephen Colesが「一部の資料が主張するようなFuturaではない」と述べ、書体をGill Sans Lightと特定しています。Typeset In The Futureも、メインタイトルカードに使われているのはGill Sansだとしています。
では、なぜFuturaだという誤解が広まったのでしょうか。理由は数字の組み方にありました。Colesによれば、このタイトルカードではGill Sansのゼロがそのまま使われておらず、大文字のOに置き換えられています。そのうえでわずかに長体がかけられ、結果としてOがほぼ真円になりました。Gill Sansの標準のゼロは縦長の楕円ですが、大文字Oはもともと真円に近い。その置き換えによって、幾何学的なFuturaを思わせる字面が生まれたわけです。下の比較図は、同じGill Sans Lightで「2001」を標準のゼロで組んだ場合と、大文字Oで組んだ場合を並べたものです。
なお、作品全体がGill Sansで統一されているわけではありません。第3部「Jupiter Mission」など本編中の別のタイトルカードには、実際にFuturaが使われています。「この映画の書体はFuturaかGill Sansか」という二択の立て方そのものが、あまり正確ではないということになります。
ゴッドファーザー(1972)確度B

『ゴッドファーザー』のタイトルは、既製の書体をそのまま組んだものではありません。デザイナーのS・ニール・フジタの手によるものです。
Story Has Itによれば、フジタは1960年代後半にマリオ・プーゾの原作小説(1969年刊)の装丁を依頼され、そこで独自の書体と、高コントラストな手描きのロゴを制作しました。有名なのが「G」の処理です。Gの縦画を長く伸ばすことで、GODFATHERという一語のなかに「God」という語が視覚的に浮かび上がるように設計されています。この装丁ロゴがそのまま映画版のポスターとタイトルにも採用され、シリーズを通じたアイデンティティになりました。
現在「ゴッドファーザー風フォント」として市販されているフォントがいくつかありますが、これらはいずれも後年に作られた模倣です。
スター・ウォーズ(1977)確度B

『スター・ウォーズ』のロゴをデザインしたのは、当時広告代理店セイニガー・アドバタイジングに勤めていたスージー・ライスでした。The Hollywood Reporterのインタビューで本人が語ったところによると、ジョージ・ルーカスからの注文は、ファシズム的で、威圧的で、AT&Tにも匹敵するようなものを、というものでした。ライスは前夜に読んでいたナチス時代ドイツのタイポグラフィに関する書物の影響から、土台にHelveticaのBlack(極太ウェイト)を選び、そこから手描きで起こしました。その後、本編用に「W」がわずかに手直しされています。ライスの名前は本編クレジットには入りませんでしたが、ルーカスフィルムは2005年の公式ポスターブックでその功績を認めています。
ここで混同されやすいのが、ロゴとオープニングクロールの書体は別物だという点です。宇宙空間に流れていくあの文章は、1977年の公開版ではTrade Gothic Bold No. 2で組まれ、1981年の再公開版でNews Gothic Boldに組み直されました。いずれもロゴのベースであるHelvetica Blackとは異なります。「スター・ウォーズの書体はNews Gothic」という説明を見かけたら、それはロゴではなくクロールの話です。
セブン(1995)確度B

デヴィッド・フィンチャー監督『セブン』のオープニングタイトルは、90年代以降のタイトルデザインにもっとも強い影響を与えた一本です。手がけたのはカイル・クーパー。Art of the Titleのインタビューで、クーパーは「フィンチャーと私は、手描きの文字とHelveticaを混ぜて使うことにした。彼はそれをとても気に入っていた」と語っています。
制作の方法そのものが物理的でした。黒いスクラッチボードに文字を手で彫り込み、それをフィルムに転写し、ポストプロダクションで再構成する。文字が震え、傷つき、ちらつくあの質感は、デジタルのエフェクトではなく実際に引っ掻かれた傷の記録です。整然としたHelveticaと、そこに割り込んでくる神経質な手描き文字の対比が、几帳面さと狂気が同居する犯人の内面をそのまま画面に置いていました。
映画ポスターとTrajan(1990年代〜)確度B

1990年代から2000年代にかけて、ハリウッドの映画ポスターは一つの書体に覆い尽くされました。Trajanです。
Trajanは、キャロル・トゥオンブリーが1989年にアドビのために設計した書体で、古代ローマのトラヤヌス帝記念柱に刻まれた碑文の文字(キャピタリス・モヌメンタリス)を下敷きにしています。大文字しか持たず、石に刻まれた文字の権威と古典性をそのまま現代に持ち込んだような造形です。The A.V. Clubは、映画ポスターでの使用が1992年の3作品、『ボディガード』『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』『At Play in the Fields of the Lord』から始まったとしています。
なぜこれほど広がったのか。Trajanが背負っているのは「重厚」「格調」「歴史」といった記号で、それは配給会社が法廷ドラマにも歴史劇にもSF大作にも等しくまといたい空気でした。書体そのものが「これは真面目な映画です」という宣言として機能してしまったわけです。なお、Fonts In Useに記録されている使用例を見ると、ポスターだけでなく本編クレジットや出演者表記でTrajanが使われた例も含まれます。ひとくちに「ポスターの書体」と言っても、実際に使われている場所は作品ごとにさまざまです。
新世紀エヴァンゲリオン 劇場版(1997)確度B

日本のアニメーション作品のタイトルカードで、書体の選び方がそのまま作品の記号になった例が『新世紀エヴァンゲリオン』です。Fonts In Useによれば、TVシリーズのタイトルカードに使われているのはマティス EB(エクストラボールド)で、1997年公開の劇場版『DEATH & REBIRTH』『THE END OF EVANGELION』ではさらに太いマティス UB(ウルトラボールド)が使われています。
特徴的なのは、書体をそのまま置くのではなく、機械的に長体をかけて画面にはめ込んでいる点です。白地に黒、あるいは黒地に白の極太明朝が、余白を潰す勢いで組まれる。この手法についてFonts In Useは、1960年代から70年代の東宝映画のタイトルカードへの隠れたオマージュとして始まったものだと記しています。SFアニメの語彙として受け取られがちなあの画面設計が、実は日本の実写映画の様式を引き継いだものだったという点は、覚えておく価値があります。
日本映画の題字 — 赤松陽構造確度A

日本映画には、そもそも「書体を選ぶ」のとは別の伝統があります。題字を一本ずつ手で描くという文化です。その代表が、400本を超える作品の題字を手がけてきた赤松陽構造さんです。東京国立近代美術館フィルムセンター(現・国立映画アーカイブ)は2014年に「赤松陽構造と映画タイトルデザインの世界」展を開催しており、その出品リストには『うなぎ』(1997)、『HANA-BI』(1998)、『ウォーターボーイズ』(2001)などが担当作品として並びます。
シネマトゥデイのインタビューによれば、赤松さんは当初、写真植字機を使って題字を組んでいました。写植の書体は完成度が高く、整っています。それでも手書きに転じたのは、そのほうが「字に力がある」と判断したからでした。「題字は観客が映画をどういう気持ちで観始めるかに影響を与える」というのが赤松さんの持論です。
道具の選び方も独特です。使うのは筆だけではありません。『ゆきゆきて、神軍』では油絵の筆を切り落としたもので書き、『HANA-BI』ではぼろぼろになった筆を使ったといいます。『BROTHER』では割り箸を使っており、20年ほど使い続けている割り箸もあるそうです。整った書体では出せない震えやかすれを、作品ごとに作り分けているわけです。
写植書体の完成度を知り尽くした人が、あえてそこから離れた——石井明朝をはじめとする写研の書体が日本の印刷物を支えていた時代を思うと、この選択の意味はより立体的に見えてきます。
映画タイトルの書体とよく混同されるもの
映画のタイトルは、書体をめぐる俗説がもっとも生まれやすい場所でもあります。画面に大きく映るぶん誰もが見ているのに、制作の記録は公開されないことが多いからです。
代表的なのが、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのタイトルをTrajanの代表例として挙げる説明です。実際には、同作のロゴに書体は使われていません。制作サイドの情報にもとづく報道によれば、各作品のロゴは映画のカリグラファーであるダニエル・リーヴが一枚ずつ手で描いたものです。『タイタニック』や『ブレイブハート』でのTrajan使用も、書体判定サイトが見た目から推定しているもので、専門アーカイブに使用例として記録されているわけではありません。「90年代の大作はだいたいTrajan」という語り口は、記録に残る実際の使用例よりもかなり広く流通しています。
『ブレードランナー』(1982)のメインタイトルも同様です。作中のクロールや説明文の書体(Goudy Old StyleやCheltenham Bold)については記録がありますが、「BLADE RUNNER」というロゴそのものの書体やデザイナーについては、制作側からの情報が公表されていません。「カスタムレタリングだ」という説明をよく見かけますが、これは現時点では推測です。
そして『2001年宇宙の旅』のFutura説。冒頭で触れたとおり、メインタイトルはGill Sansです。ただしこの誤解には、ゼロの代わりに大文字Oが使われていたという、ちゃんとした理由がありました。俗説がしぶとく生き残るときには、たいてい見間違えるだけの根拠がある——それもまた、書体の見分けが難しいことの証明なのかもしれません。