游ゴシックとは
游ゴシック体は、字游工房が2008年に発売した和文の角ゴシック体です。同社が2002年に発売した游明朝体と組み合わせて使うことを前提に企画され、ディレクションとかなのデザインは鳥海修氏が担当しました。Windows 8.1とmacOS(当時のOS X Mavericks)の双方に標準搭載され、WindowsとMacのどちらでも同じ書体を使えるようにした転換点のひとつになっています。
誕生の背景
字游工房は1989年、写研出身の鳥海修・鈴木勉・片田啓一の3名が設立した書体制作会社です。設立当初から、本文用のベーシックな明朝体とゴシック体を自社の柱に据える方針を掲げていましたが、2000年代半ばの時点では自社ブランドの明朝体(游明朝体、2002年発売)はあっても、対になるゴシック体を持っていませんでした。鳥海氏はこの状態を、ゴシック体を欠いた片手落ちの状況だったと表現しています[3]。
字游工房サイト内の開発ノートには、2008年1月時点でのファミリー構成予定という注記が残っており、2007年末から2008年にかけて開発が進んでいたことがうかがえます[3]。游ゴシック体Std L・Hが発売されたのと同じ2008年、東京TDC賞のタイプデザイン賞を受賞しています[1]。
設計の意図
鳥海氏は游ゴシック体のコンセプトを「普通のゴシック体」と説明しています[3]。当時流行していたふところの広いゴシック体ではなく、昔からある標準的なゴシック体を目指したという趣旨です。
具体的には、漢字の字面(じづら、文字の外枠に対する黒い部分の大きさ)をやや小さめに設計しています。文字を並べたときに文字間のスペースが十分に残り、ゆったりと明るい印象の組版になることを狙ったといい、ヒラギノ角ゴシック体や小塚ゴシックとの比較でも、この字面の小ささが游ゴシック体の個性として説明されています[3]。ふところについても広げすぎない設計を採っており、狙いは手書き・楷書の字形から離れすぎない、伝統的な文字のかたちを残すことにあると鳥海氏は述べています[3]。
かなのデザインは、游明朝体のかなを下敷きに開発が始まりました。ただし明朝体の骨格をそのままゴシック化すると、線の太さを均一にする過程で文字が四角くなりすぎるため、骨格を意図的に崩しながら、全体としては游明朝体とファミリーに見えるよう調整したといいます。游明朝体と重ねると相当にずれているものの、総体としてはファミリーに見える、そのさじ加減が難しかったと鳥海氏は振り返っています[3]。
游明朝体には、時代小説を組めることを一つの目安にした明朝体というコンセプトがあることが、現行の版元であるモリサワの書体見本ページで説明されています[17]。ただしこれは游明朝体について語られたものであり、游ゴシック体そのものにこの表現が使われているわけではありません。游ゴシック体は、あくまで先行する游明朝体と組み合わせて使うことを前提に設計されたゴシック体として理解するのが適切でしょう[2][3]。
起筆・終筆の一部を丸くしている点についても言及があります。高精細なデジタル環境では原字の先端形状が忠実に再現されるあまり、金属活字や写植文字に慣れた目には硬質で刺激が強く映るという考えから、自社の游築見出し明朝体にならって角をやや丸め、目に馴染むようにしたと鳥海氏は説明しています[3]。
どこで使われているか
最も大きな採用実績は、パソコンOSへの標準搭載です。マイクロソフトはWindows 8.1にYu Gothic(Light/Regular/Boldの3スタイル)を標準搭載しました。2015年のWindows 10ではYu Gothic Mediumが追加され、UI用のYu Gothic UIファミリーも新設されています[9]。Microsoft Officeでもクラウドフォントとして利用できます[9]。
AppleもOS X Mavericks(10.9)から游ゴシック体(Medium/Bold)を標準搭載しました。以降のmacOSでもファミリー構成が更新されながら搭載が続いており、現行のmacOS Sequoiaの同梱フォント一覧にも掲載されています[5][10]。WindowsとMacの双方に游ゴシック体が組み込まれたことで、両OS間で同じ書体を使える状況が生まれました。
このほか、字游工房公式の年表によれば、2013年には電子書籍ビューア(インフォシティ、イーブックジャパン)や一太郎2014パックにも游書体ライブラリーの一部として搭載されています[1]。2020年秋以降はMORISAWA PASSPORTやTypeSquareでも游ゴシック体全7ウエイトが提供されるようになりました[1][7]。Adobe Fontsには「Yu Gothic Pr6N」としてRegularウエイトのみが収録されています[11][18]。
モリサワ公式noteに掲載された鳥海氏インタビューの要約には、游ゴシック体がiPhoneなどで使われているという趣旨の言及もあります[15]。ただしApple製品の日本語UI標準書体は基本的にヒラギノであり、この言及が実際の標準搭載状況を指しているのか、記事の要約表現にとどまるのかははっきりしません。伝聞として留めておくのが適切でしょう。

