「本文組版のための書体」として愛されてきたGaramond(16世紀のフランスの活字彫刻師Claude Garamondに由来するオールドスタイル・セリフの代表格)は、企業ロゴタイプそのものとして採用された例が、Helveticaほど多くありません。ここに集めたのは、Garamondが「組織の公式書体」として採用された事例です。各事例の確度はA(公式・準公式の資料)、B(デザイン専門メディアや当事者の証言)、C(見た目からの観察)で示しています。Garamondの場合、「公式書体である」ことと「顔となるロゴマーク本体の書体である」ことが、案外別問題になりがちな点にも注意が必要です。
Apple Garamond確度B

1984年、初代Macintoshの発売とともに、AppleはITC Garamond(Tony Stanが1977年にデザイン)を幅80%にコンデンスし、Bitstream社がストローク幅の調整とヒンティングを施した専用書体を企業書体として採用しました。名付けられた名前はそのまま「Apple Garamond」。以降、製品広告やパッケージ、マーケティングスローガン全般に使われ、Wikipediaの「Apple Garamond」記事は「most of Apple's advertising and marketing slogans, such as 'Think different', used the font as well」と明記しています。「'Think different'をはじめとするAppleの広告・マーケティングスローガンの大半にもこの書体が使われた」という意味です。デザイン専門メディアFonts In Useも、1997年のTBWA\Chiat\Day制作による"Think different"キャンペーンでの使用を実例として記録しています。
ただし、ここには注意が必要です。Apple Garamondは企業コミュニケーション全般で使われた書体であり、「Apple」のロゴマーク本体(りんごのシンボルとワードマーク)の書体ではありません。Fonts In Useによれば、1977年から1984年までのロゴワードマークはOthmar Motterデザインの既製書体Motter Tekturaで、1984年以降のロゴはりんごのシンボル単体でワードマークを伴わないことが多いためです。「Appleのロゴ=Garamond」という単純化は、実は正確ではありません。2002年のeMac発売を機にMyriadへ、その後San Franciscoへと引き継がれ、現在は使われていません。企業書体としての採用実績はもっとも豊富で、かつその区別自体が見どころになる。それが、この事例を本記事の冒頭に置く理由です。
Duke University確度A

Duke大学の公式ブランドガイドライン(brand.duke.edu)は、大学ワードマークの書体を「Garamond 3 LT」と明記しています。類似書体であるEB Garamondについては、ワードマークの再現には使用できず、常に公式のロゴファイルを使うよう注記しており、ワードマーク本体の書体がGaramond系であることを公式資料で確認できる、この一覧でもっとも裏付けの強い事例です。同ページはGaramond 3 LTを歴史的な位置づけとしつつ、デジタル用途ではEB Garamondなどへの移行も案内していますが、ワードマーク自体は変わっていません。
Abercrombie & Fitch確度B

2017年前後のブランド刷新を実際に主導した元A&F社内クリエイティブ担当者Kara Smarsh氏は、自身のポートフォリオサイトで、かつてタイポグラフィのスタイルガイドからほぼ姿を消していたGaramondが、ブランドの象徴的なロゴの基礎になっていると証言し、リブランドで見出し書体として復活させたと述べています。リブランドを実際に主導した本人による一次証言である点で信頼度が高く、デザイン専門メディアFonts In Useも2016年のA&Fウェブサイトで「Monotype Garamond」の使用を確認しています。ロゴタイプ本体というより見出し書体としての採用が中心である点は付け加えておきます。
University of Oklahoma確度B

University of Oklahomaの公式ブランドガイドは、Norman Campusの学部・部門ロゴ(メインシンボル「Interlocking OU」にテキストを組み合わせたロックアップ)について、Adobe Garamond Proの使用を明記しています。ただしこれは学部・部門レベルのテキスト組み合わせに関する規定であり、大学本体のメインロゴ(Interlocking OUシンボル自体)の書体規定ではありません。Apple Garamondと同じく、「公式書体である」ことと「顔となるロゴ本体の書体である」ことは、必ずしも同じではないという事例です。
University of Notre Dame確度B

Notre Dame大学の公式ブランディングハブサイトOn Messageは、大学の公式セリフ書体がAdobe Garamond Premierであると明記しています。ただし、大学のロゴ専用ページを確認する限り、メインワードマーク自体がAdobe Garamond Premierで組まれているという明記は見当たりません。「公式セリフ書体としての案内」と「ロゴマーク本体の書体」は、分けて考える必要があります。
Rolex確度C

クラウンの下の"ROLEX"ワードマークについて、複数のフォント紹介サイトが「Garamondベースのカスタム書体」と伝えていますが、いずれもデザイナー名や制作年、一次資料への言及がなく、視覚的な類似性に基づく推測の域を出ないとみられます。加えて、Rolexのクラウンとワードマークの原型は1905年から1925年頃に成立したとされる一方、しばしば参照先として挙げられるAdobe Garamondの発表は1989年(Robert Slimbach設計)であり、年代的に成立しない組み合わせです。有名な通説ではありますが、公式の裏付けは見つかっていません。
Garamondとよく間違えられるロゴ
「Garamondだと思われがちだが、実際には別の書体だった」という事例も少なくありません。もっとも象徴的なのはVogueです。マストヘッドの書体はGaramondではなくDidot(Didone系、垂直軸で高コントラストなセリフ体)だと、年代別のロゴ変遷を追うアーカイブでも確認できます。GaramondとDidotは分類上まったく異なる書体で、「エレガントなセリフ=Garamond」という思い込みの典型例といえます。同様に、Princeton UniversityのワードマークはMatthew Carter設計の「Princeton Monticello」、2013年合併後のPenguin Random HouseのコーポレートワードマークはPentagramが導入した「Shift Light」、Emory UniversityとBaylor Universityはいずれも「Goudy Oldstyle」系、Burberryの旧ワードマークはBodoni系、Ralph LaurenはITC Fenice、AnthropologieはFilosofiaと、公式資料や専門メディアで確認したところGaramondとは無関係でした。American Eagle Outfittersの専用書体「Newburgh」も、制作元のデザインスタジオMADType自身が「Garamondのような比率」を参照したと説明するのみで、実際にロゴタイプへ採用されたかどうかまではわかっていません。Tiffany & Co.、Godiva、Cartierについては、Garamondとの関連を示す出典自体が見つかりませんでした。本文組版の書体として設計・愛用されてきたGaramondが、企業ロゴタイプそのものとして採用された例が相対的に少ないという構造は、Helveticaのコレクションと並べてみると、かえってよくわかります。