工業規格として生まれた書体は、ロゴの世界でも「機能の顔」を演じてきました。ここでは、DIN 1451とその子孫(FF DIN等のDIN系書体)が使われたロゴ・アイデンティティを集めました。各事例の確度はA(公式・準公式の資料)、B(デザイン専門メディアやデザイナー本人の証言)、C(見た目からの観察)で示しています。
ドイツの道路標識(DIN 1451)確度A

ロゴではなく、すべての出発点です。DIN 1451の源流は1905年、プロイセン王立鉄道が車両表記のために定めた統一レタリングに遡り、ドイツ規格協会が1931年に規格として発行。1930年代にはアウトバーンや交通標識への採用が法制化されました。ドイツ国立図書館の解説によれば、目標は「遠くからでも識別できる、統一された読みやすい書体」。いまもドイツの道路と鉄道はこの書体で案内されています。ブランドが後からDINをまとうのは、この「公共の機能美」を借りるためです。
東京2020大会エンブレム確度B

市松模様のエンブレムに添えられた「TOKYO 2020」のワードマークは、Fonts In Useの解説によればDIN 1451の一種に機械的なコンデンス処理を加えたものです。日本の大規模ブランディングの中心にドイツの規格書体があったという、少し意外な事例です。
JetBlue Airways確度B

2000年の創業時アイデンティティを手がけたJoe Pemberton氏が、本人のポートフォリオでロゴタイプをDINのわずかな改変と明言しています(Jのディセンダーを短くする調整を加え、AIRWAYS部分は別書体Trade Gothicと組み合わせ)。デザイナー本人の証言が残っている、確度の高い事例です。ロゴは創業から大きく変わっていません。
Valve(Half-Life / Steam)確度B

Fonts In Useは、Half-LifeシリーズのブランドタイポグラフィをFF DINと特定しています。ファンコミュニティのゲームファイル解析でも、2004年当時のファイルにDIN書体が同梱されていたことが記録されており、20年にわたる一貫した採用がうかがえます。「Steamのロゴ自体もFF DIN」という説も広く流通していますが、こちらは確かな出典が見当たらず、見た目からの観察に留まります。
Harpa(レイキャビク)確度B

アイスランドの複合文化施設Harpaのサイン・ウェイファインディングはFF DINで組まれていると、Fonts In Useが記録しています。企業ロゴではなく建築のアイデンティティですが、DINの「案内する書体」としての本領がよく表れた事例です。
UNIQLO確度C

2006年の佐藤可士和氏によるロゴ刷新について、複数のロゴ解説サイトが「FF DIN Boldベースのカスタム」と一致して記述しています。ただし佐藤氏の事務所やファーストリテイリングが書体名を公式に明かした資料は見当たらず、「Helvetica Neueでは」という別の説も存在します。世界でもっとも見られている日本のロゴのひとつでさえ、書体の出自は公式には語られていないのです。
DINとよく間違えられる書体
「あれもDIN」と語られがちなロゴの多くは、調べると別の書体です。代表例がDeutsche Bahnの「DB Type」。DIN 1451と同じプロイセン鉄道のレタリングを源流に持ちますが、2005年にErik SpiekermannとChristian Schwartzが新規に設計した独立した書体で、DINの派生ではありません。BoschやMontblancのロゴも、それぞれ専用に開発されたカスタム書体です。似た骨格のサンセリフはすべてDINに見えてしまう——それ自体が、この書体がどれほど「標準」の顔になったかの証明かもしれません。